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仕事は向き不向き・得て不得手よりも苦労なくできるグレーゾーンでいい。【現職ディレクター】

僕は専門学校を卒業してから今年2022年3月時点で約5年の社会人生活を送っている。
自分にあっている仕事や職場にすぐにであればとてもいいのだろうが、なかなかうまくはいってくれないのが人生だ。

それでも少なくとも自分がどういうタイプが知っておくと、就職・転職のときの自分の【これがいいのでは?】って指針の基準になる。僕は職を転々としているがその分知見だけは広いということで、過去の結果から現状まで記載しておく。

適正探しは生涯続くだろうけど、分析すれば割と方向性は見えるってことだけでも覚えていって欲しい。

美容師:適正▲

これから美容師を志す人は3か月は何もしなくても平気な貯金、もしくは自宅から通える就職先を見つけることをおすすめする。

僕の当時の手取りは12~13万。(シャンプー指名とかのインセンティブで変動)

僕は美容師やってます、といえば9割の人が「あぁ~」と納得するほどビジュアル的な意味では美容師は向いていたと思う。

ただし、専門学生の頃から少しづつ気づいてはいたんだけど性根の部分ではビビるくらいに向いてなかったんだ。
というのも、美容師っていうのは滅私奉公と弟子入りの2つの顔を併せ持つからなんだ。

美容師の滅私奉公と弟子入り

自分の技術を磨くために弟子入り(入社)をして、自分の時間をすべて使いこれから関わらせてもらうお客様に対して最大のリスペクトをもって施術に臨む。

現代っ子魂が爆裂にきざみつけられている僕にはそれが無理だった。
流石に18時間勤務が普通です、みたいなのはギブアップ。

もちろん美容師という仕事は素晴らしい仕事だし、僕はいまだに美容は好きで、髪の毛を切りに行くときはわくわくする。ただ自分の性根が、根性が本当に向いていなかっただけ。

単に適性がなかったってことなんだ。それに早くに気づけたのは自分の人生の時間という資産から見るとでかい。

母親が僕のために払ってくれた金も、でかい。ほんますまんなって思う。
自分が何の縁かお金に恵まれた時には返したいとは思ってるからブログ読んでくれてる人頼むな。
まだ広告貼る気はサラサラないけど。

フリーター:適正●

フリーターはマジで自由。
いつ休んでもいいし、どんな仕事をしてもいい。なんなら最悪そのバイトをとんでもいい。
社会のアウトローになれる環境なんだ。

当時の僕はプロファミリーマーターで、連日夜勤をこなしていた。自称【夜明け前の番人】。
手取りは大体15万。

フリーターを始めた当初は全くと言っていいほどなにも感じなく、ただただ美容師をやめて自分の時間がとれることに感動していたんだ。

ただしそれも9か月ほど続けると、バイト先の同い年の大学生の就職先が決まりだしたり、土気色の顔をした僕の倍くらいの年齢のプロアルバイターを見て漠然とした不安を感じたんだ。

特にコンビニなんていう正社員になる機会もないようなバイトだとその不安は加速していく。

そこから僕は転職活動を開始して、5社ほど落ちて1社合格。
今思うと浅はかだが、その時の不安の解消のために何も考えずにそこに入社を決めたんだ。

自社開発SE:適正×

これからの時代を築いていくと言われるIT系企業。未経験でも採用してくれたことに感謝を。

手取りは16万。

プロファミリーマーターを退職した僕は、新進気鋭の若者のレッテルで自社開発系のIT会社に入社した。制作しているソフトは在庫管理系のもの。
使用言語はC#・SQLの2種。(保守でもう1言語くらい使っていたが何か忘れた)

自社開発ということもありフルスタックエンジニアだった。

PCの設定に呼ばれればその会社に馳せ参じ、デジカメの使い方がわからないと言われればそれに回答する。サーバーの設定・運用まで。今風にいうとITコンサルタントも兼ねていたのだろう。

プログラミングも未経験、営業なんて素人に毛が生えた程度の僕に対して、
周りの人は40歳オーバーのバリバリ働き盛りのベテランたち。

この環境で僕がとった行動といえばひたすら仕事だった。

午前8時に会社に来て、業務をこなし、日報を書いて、自分の知識を補うためにQiitaやGitとにらめっこしながらC#の知識をつける日々。午前様なんて日常茶飯事。

しかしながらそんなまともに休みもしない状態で頭を使う知的産業のプログラミング、しかも知識なしの僕にはできるわけがなかった。

会社での立場もどんどん無くしていって、売り上げもなく、プログラムも書けない。
圧倒的無能のゴミが爆誕した。

そして僕は2018年の12/21に起き上がれなくなった。

うつ病兼ニート:適正●

そんなことを経てうつ病になった僕は一人暮らしを終了して自宅に強制送還されることになった。

手取りは0。貯金は2万。

この頃の記憶が7割ほどないし、必死に思い出しても自室でただひたすら天井を眺めては寝落ちして、飯も食わないみたいな日が続いていた。

記憶のない日々がしばらくつづいていた僕だけど、1.5か月ほどたったタイミングで母がヘルニアで倒れて入院した。

そこから姉が働いていることもあり、僕が家の家事の料理部分を請け負うことになった。
平穏と安静はどこに消えたのか教えてほしい。

うつ病兼ニート:お家料理人編

料理はうつ病に効く。

もしうつ病でも行動する気力がある人なら、ぜひとも料理をしてほしい。

自分の作ったものを誰かがうまそうに食うというのは想像以上に自分の承認欲求が満たされていく。
だからこそうつ病もましになっていったし、なにより料理は細かい作業もあるので没頭できる。

うつ病患者の僕に必要だったのは、今や未来の不安を忘れられる没頭できる時間だったんた。

うつ病兼ニート:無限筋トレ時代編

お家料理人として動ける日が増えた僕は、なけなしの貯金を使ってジムに行きだした。
町営の1日300円のジム。一人暮らしを始める前にはよく通っていた。

そのジムへ体調がいい日は通いだした。うつ病になって3か月目くらいのタイミング。

人が少ない、という理由で昼間にジムへ行っていた。
それが今思えば功を奏したのか、だんだんとうつ病の症状が良くなっていったんだ。

というのも、適度な運動と日光浴はストレスに対しての効能があるとされるセロトニンという物質の放出を促してくれる。おそらくセロトニンがそれまでの生活と比べて爆上がりしたんだと思う。

フリーライター時代:適正●

うつ病治療の通院費を稼ぐために始めた。
昔からアメブロだったりYouTubeの動画だったりと、文章を書く・構成を作るってことはしてきたのでそれなりに書いていけていた。

月の手取りはほぼ横這いの1.5万、稼働時間は月/5日ほど。通院には十分。貯金は0。
そのころ仕事を受けていたのはクラウドワークスというサイト。

ここでチマチマと物書きをして通院費を稼いでいた。ライターとしては常にクライアントの求めるものと自分をどこまで出すかの分水嶺なんだけど、それを思うと特に考えなくてもパーーッっと書いていける記事も混ざっているブログは素晴らしい。

ちなみにその頃も筋トレに没頭していたのでよく書いていたのは筋トレの記事だった。

カフェ立ち上げ:適正▲

SEに転職する時にリクルートエージェントに登録していたんだけど、その時に担当してくれたエージェントの人が独立するってことで誘ってくれたんだ。まともに就職活動できる気もしなかったから渡りに船。うつ病になってから10カ月目での出来事。

手取りは16万。
ちなみにこの時に一人暮らしを再開した。

ここに骨を埋めるぜって気持ちだったんだけど、ビタビタに店長たちと喧嘩。
ついでにうつ病の様子見もあったので3ヶ月で契約していたこともあり、そこが終了と同時に再度無職の誕生。
さすがにまずくね?ってちょっと焦ったのは秘密。

ディレクター:適正●

そして現職にいたる。
今の仕事は何をしているのか正直わからないけど、物事を進める立場にいることが多いからディレクターと名乗っておく。

手取りは16.5万

職を転々としたからかそれぞれの流れがそこそこにわかるからできる人たちに仕事を依頼してスケジュール回すだけ。

割とこれは自分にあっていたのか苦じゃない。
むしろ自分の時間の確保も出来たりして僕の趣向としても合っているから気に入っている。
給料の上がり幅はちょっと考えものかもしれないがこれが僕の実力なのかもしれない。

案外社会人は適当な人が多い

そして完璧に余談なんだけど、スケジュール上クライアントから進行している制作物に対して修正するのか、そうでないのかを確認するタイミングがくる。その時にぴったりに戻してくれる人もいるんだけど、割とフル無視の人もいる。

つまるところ大人も約束を無視して適当にやっている人が多いから社会人はみんなまともっていう先入観は早々に捨てた方がいい。

仕事の適正は内容の好みとどう立ち回れるか

自分の適正は浅瀬チャプチャプ遠泳男、広く浅くを体現しているので、専門家にはまったくなれていない。それでもふわっと全体像がわかるくらいなので指示を出すことは可能なんだ。

自分の目的のために協力してくれる人に指示をだして目的のゴール・折衷案・落とし所に向かう。僕のすることは間の調整とスケジュール管理。苦手じゃない分野だからどうにかなってる。

不得意から逃げて得意そうに落ち着く

最近の風潮からして白黒はっきりつけた方がよくみられることはわかるのだけど、グレーゾーンにいるのも人間の賢さだということを忘れてはいけない。

不得意の場所から逃げることはおすすめだし、すぐに得意なことが見つかればそちらに向かうことはOKだ。だからといってみんながすぐに自分の得意なことを見つけることができれば苦労はしていない。

なんていったって僕はこの時点で会社4つ目の流浪人みたいな職歴になっている。

現実問題として自分の職歴っていうのは転職するにしろなんにしろかなり見られる部分。だからこそ自分で設計図的に考えてみてあまり過去の自分の選択を責めないような仕上がりにしてほしい。

今回僕が伝えたいことは、仕事は不得意じゃないってだけでOKってことなんだ。
なんせ赤点じゃなければどうにかなるのが社会人の素敵部分だからね。職歴なんて言ったけど気楽に考えていい。設計だけ忘れなければ。

あなたの適正はなんだと思う?

自分の適正を見つけたあとは割とイージーな道も見つかる気はするけど、僕はもうしばらく適正探しの旅をしたいと思う。

ただ全てを投げ打つ背水の陣をするほどの気力がないのも事実だから今の安定維持しつつ範囲を広げることにする。

それでは読んでくれた諸君の健闘を祈る。無事にいい人生を過ごしてくれ。

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