
どうも、ハルカです。
最近ようやく映画【セッション】を見たのでその感想をシェアする。一言にまとめるなら【人間の狂気に笑える】映画だった。
後は事前にラスト9分がすさまじい…と聞いていたのでそこを楽しみに見たという感じ。
映画【セッション】とは
名門音楽大学に入学したニーマン(マイルズ・テラー)はフレッチャー(J・K・シモンズ)のバンドにスカウトされる。ここで成功すれば偉大な音楽家になるという野心は叶ったも同然。だが、待ち受けていたのは、天才を生み出すことに取りつかれたフレッチャーの常人には理解できない〈完璧〉を求める狂気のレッスンだった。浴びせられる罵声、仕掛けられる罠…。ニーマンの精神はじりじりと追い詰められていく。恋人、家族、人生さえも投げ打ち、フレッチャーが目指す極みへと這い上がろうともがくニーマン。果たして、フレッチャーはニーマンを栄光へと導くのか、それともたたきつぶすのか?ラストステージ― 二人が見せる衝撃の〈セッション〉の結末は?
公式HPより引用
公式の説明からわかる通り、この映画は音楽を題材にしたもの。大学の生徒であるニーマンとその大学の教師であるフレッチャー。この二人の狂気をずっと見ていく映画だ。
一貫して成長の物語ではない
この映画を最後まで見て思うことが主人公は何一つ成長しやしなかったってこと。
ニーマンは最初から最後まで自己中ドラム野郎だったし、フレッチャーもたぶん人生を通じての自己中野郎。人に笑われないためだけの音楽をしてるんだなって印象は話題のラスト9分をもってしても覆らなかったし、たぶん覆らないのが正解。
この物語は憎しみと憎しみがぐっちゃぐちゃになった先、そこでどうするのかを見れた映画。
ずっと狂っててずっとおもしろい

一見するとナードな印象があるニーマンと明らかに腕が太く筋トレしてるだろってフレッチャー。二人ともずっと狂気が感じられてそこがおもしろい。
ニーマンは音楽のためにせっかく付き合ってくれて彼女を手ひどい振り方をしたり、交通事故にあっても血まみれでコンサートに出演したりとナチュラルに狂っていく。
フレッチャーも指導のためなら人格否定や侮辱なんて当たり前。ただただ天才を生み出すことに取りつかれたであろう彼もずっと狂っていておもしろい。特に彼が愛しているはずの音楽を、私怨の舞台として使うところなんて最高だった。
音楽狂いによって音楽狂いになった
映画冒頭のニーマンには特に何も感じないんだけど、きっとこの時点から音楽狂いの芽はあったんだと思う。その芽を育てて後戻りできないところに行かせたのがフレッチャー。
似たところだと巨人の星とかこんな感じだった記憶がある。
憎しみの果てに謎の和解

作中でニーマンはフレッチャーを憎んでいるし、フレッチャーもニーマンのことを憎んでいた。
そんな二人がラスト9分で謎の和解に至るんだ。
なのだけど、あれは本当に和解なのか。ただ同族を見つけた喜びなのか。憎しみの果てにあるのは人間関係の繋がりなのか。いろいろと思いを馳せるタイプのエンディングだった。
まとめ
僕は昔美容師をしていたんだけど、たぶんこの映画で表現したいことは美容師を題材にしてもできると思います。

